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『赤ひげ』レビュー

 第二十六回目のレビューは『赤ひげ』(黒澤明、1965年、185分)についてです。黒澤明の白黒映画は本作で最後になります。これ以後、黒澤明は非常に寡作になると同時に、海外へ進出していきます。また、黒澤映画に欠かせない存在だった三船敏郎も、本作を最後に黒澤映画には出演していません。そういう意味で、本作は転換点でもあります。だいぶ前に紹介した『椿三十郎』の三船敏郎と加山雄三のタッグが再び! という意味でも面白いです。
 さて、本作の舞台である小石川養生所は、八代将軍徳川吉宗による享保の改革で建てられた貧民救済施設。そして「赤ひげ」先生のモデルは小川笙船という漢方医。あの有名な目安箱に、貧民に薬を与える公的な施設の構想書を投書し、それが将軍の眼にとまって話が進んだそうです。あと百年くらいすると、『JIN-仁-』で描かれた時代になります。

 ストーリーは以下。
 長崎で蘭学を修め、幕府の御番医になる希望に燃えて江戸に帰ってきた青年医師の保本登(加山雄三)は、自分の知らないうちに進んでいた話によって、小石川養生所で働くことになる。そこでは「赤ひげ」と呼ばれる新出去定(にいできょじょう 三船敏郎)ら少数の医師が日夜貧民たちの治療にあたっていた。不本意な事態にすねた保本は、好き勝手に過ごして放逐されるのを待つが、新出は何も言わない。ある日、狂気から三人もの男を殺した美しい狂女(香川京子)が、養生所内の隔離施設から脱け出し、保本の部屋へやってくる。保本が女の美しさと彼女の子どもの頃のおぞましい思い出に隙を見せると、女は保本を殺そうとするが、間一髪のとこで新出がそれを止め、事無きをえる。この一件で少し心を入れ替えた保本は、さまざまな人びとの死や恢復の現場に立ち会い、また、医師として人としても偉大な新出の背中を見ながら、少しずつ一人前の医師に成長していく。――

 描かれている時代は、江戸時代の中でも比較的平穏な時代ですが、そこでももちろん人の生き死には壮絶なもの。まして貧しい人びとならばなおさらのこと。そうした普通の人びとをきちんと描き切っていまして、チャンバラのような派手さはないですが、とってもいい、心にしみる、素晴らしい映画になっています。ほんとにいい映画です。こういう映画があるというのは一つの喜びです。『生きる』(1952年、143分)が好きな人は絶対に好きになると思います。あとは『ブラックジャック』とか『JIN-仁-』とか好きな人も絶対に好きになると思います。まあ医療系の物語って結構ワンパターンではあるんですけど、ワンパターンだからこそ余計に医者と患者にまつわる物語が生きるというかなんというかで、いいんですよね。
 男も女も子役も老人も、みんな骨太の素晴らしい演技なのも見どころです。

 最後にセリフを引用。
新出「この病気に限らず、あらゆる病気に対して治療法などない。医術などと言っても情けないものだ。医者にはその症状と経過はわかるし、生命力の強い個体には多少の助力をすることができる。だが、それだけのことだ。現在われわれにできることは、貧困と無知に対する戦いだ。それによって、医術の不足を補うほかはない。……それは政治の問題だというのだろう。誰でもそう言って済ましている。だがこれまで政治が、貧困と無知に対して何かしたことがあるか。人間を貧困と無知のままにしておいてはならんという法令が、一度でも出たことがあるか」
保本「しかし、この養生所という設備はそのために幕府の費用で――」
新出「ないよりはあったほうがいい。しかし、問題はもっと前にある。貧困と無知さえなんとかできれば、病気の大半は起こらずに済むんだ。いや、病気の陰には、いつも人間の恐ろしい不幸が隠れている。」
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