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『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』レビュー

 第十四回目のレビューは『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ、2014年、120分)についてです。アカデミー賞では作品賞、監督賞、脚本賞、撮影賞を受賞しています。イニャリトゥ監督はメキシコ出身の映画監督で、役所広司や菊地凛子などが出演した『バベル』(2006年、142分)や、ディカプリオが悲願のアカデミー賞主演男優賞を受賞し、監督自身も監督賞を受賞した『レヴェナント:蘇えりし者』(2015年、156分)で有名な、今ハリウッドで最も注目されている映画監督の一人です。
 本作はほぼ全編ワンカットかと見まがうほどの撮影でも有名ですが、それを実現したのはエマニュエル・ルベツキという撮影監督。彼は2013年に『ゼロ・グラヴィティ』(アルフォンソ・キュアソン、91分)、2014年に本作、2015年に『レヴェナント:蘇えりし者』を撮影し、三年連続アカデミー賞撮影賞を受賞しているものすごい人なのです。バードマンは演技や脚本だけでなく、技術面でも評価されているとてもつもない映画です。


 ストーリーは以下。
 かつてヒーロー映画の「バードマン」シリーズで一世を風靡したリーガン・トマソン(マイケル・キートン)。しかし、彼の栄光は過去のものになりつつあった。妻と別れ、一人娘のサマンサは薬物中毒者の矯正施設を退院したばかりと家庭もさんざん。そんな彼はふたたび世間に認められようと、レイモンド・カーヴァ―の短編小説、『愛について語るとき、我々の語ること』を演劇化し、自ら主演と演出を掛けもって、ブロードウェイで上演する準備をすすめる。そんな中、リハーサル中の事故で出演不能となった俳優の代わりにマイク・シャイナー(エドワード・ノートン)がやってくる。彼は並外れた演技の才能を持つ一方、舞台上で酔っぱらったり、演技中にもかかわらず共演するレズリー(ナオミ・ワッツ)を犯そうとするなど、傍若無人なふるまいをし、プレ上演をめちゃくちゃにしてしまう。演劇の成功がおぼつかなくなる中、リーガンの頭にはかつての自分である「バードマン」の声――アーティストとして成功しようとする自分を嘲弄し、ふたたび「バードマン」となることを誘う声――が響くのであった。はたして、彼は上演を成功させ、ふたたび世間に認められることができるのか。――


 誇りと虚栄心、栄光と恥、映画と演劇、娯楽と芸術、過去と今、……一つの演劇をめぐる様々な人々の想いや感情が交錯し、映画世界全体がカオスなまま、結末へ。そこに通底するのはドラムロールと真面目さゆえのブラックユーモア。丸々二時間圧倒されっぱなしです。
 主役のマイケル・キートンは「怪演」という言葉がふさわしいほどの演技で観る者の度肝を抜きます。ほんとに映画史に燦然と輝く名演技です。彼自身ティム・バートン版「バットマン」シリーズで全世界を熱狂させたという過去があり、映画と現実が少しだけリンクしているのです。リアリティの問題も本作の重要なテーマです。ツイッターを中心に、ネット上での拡散が、ところどころで話題になります。「パパの名前は『バードマン3』で終った。世間は俳優の名前を忘れている。60年前の短編を舞台化したって、客は金持ちの老人だけ。彼らの楽しみは終演後のケーキなの。パパには興味ない。現実に向きあって。目的は芸術じゃなくて、存在のアピールでしょ。ネットの世界では誰もが存在を発信している。パパが無視する場所よ。そこの流れは速くて、パパなんかとっくに消えてるわ。何様のつもりなの? ブログもツイッターもフェイスブックもやらない。パパは存在しない。私たちと同じね、無視されるのが怖いのよ。でも相手にされてない。芝居もパパも意味がないの、それに気づけば?」。リアリティの場は、ネット上に移ったのか、難しい問題です。
 自らのすべてを賭けて挑む演劇、リーガン・トムソンという男の生き様をぜひとも見届けてほしいです。
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