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2018
0914
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『きみの鳥はうたえる』レビュー

 第三十三回目のレビューは『きみの鳥はうたえる』(三宅唱、2018年、106分)についてです。「新宿武蔵野館」という映画館で観てきました。公開中ですので、気になる方はぜひ!
 原作は佐藤泰志の同名小説。佐藤泰志は主に函館を舞台にした小説を書き、41歳のとき(1990年)に自殺した作家なのですが、近年再評価され、作品が次々に映画化されてきました。『海炭市叙景』(熊切和嘉、2010年、152分)、『そこのみにて光輝く』(呉美保、2014年、120分)、『オーバー・フェンス』(山下敦弘、2016年、112分)、そして本作。『きみの鳥はうたえる』というタイトルは、原作にも登場するビートルズの曲”And Your Bird Can Sing”から来ているらしいです。劇中ではたぶん流れてなかった気がします。

 ストーリーは以下。
 かつてのアルバイト先で知り合った静雄(染谷将太)とルームシェアをする「僕」(柄本佑)は、本屋で働くフリーターで、夜な夜な静雄と飲み歩き・遊び歩きをしていた。ひょんなことから同僚の佐知子(石橋静河)と肉体関係を持つことになり、曖昧で気楽な関係を結ぶことになる。そこに静雄を加えた三人で、やはり夜な夜な飲み歩き・遊び歩く夏の日々。「僕」は漠然とこの夏の日々が、三人の心地の良い関係がずっと続くように感じていた。――

 たいへん素晴らしい映画でした。さわやかで甘酸っぱくエネルギーに溢れた青春映画とは違った、なんとも言えない閉塞感に襲われるような青春映画ですが、これもまた立派な青春だなと。これはやはり公開している夏に観るのがよいと思います。
 柄本佑、染谷将太、石橋静河の三人の演技が素晴らしかったです。三人の微妙な関係性などを巧みに反映させた演技は、とても自然で、すっと映画の世界に没入することができます。三人ともこれからの日本映画でさらに活躍すること間違いなしでしょう。ちなみに石橋静河は映画初出演が2016年の駆け出し女優。昨年公開した『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(石井裕也、2017年、108分)で一躍有名となりました。
 キネ旬で4位になりそう、なんとなくそう思いました。
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2018
0822
Wed
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『Shall we ダンス?』レビュー

 第三十二回目のレビューは『Shall we ダンス?』(周防正行、1996年、136分)についてです。「社交ダンス」を題材にした非常に素晴らしい映画となっています。日本ではまあ話に聞かないこのマイナーな題材を扱いながら、ここまで素敵なストーリーに仕上げることができるというのは、驚くべき才能です。
 主演は役所広司。この翌年にずっと前に紹介した『うなぎ』に出演します。この二作で役所広司をすごい好きになりました。

 ストーリーは以下。
 仕事ではボタン会社の経理課課長にまで出世し、家庭では優しくて可愛らしい妻(原日出子)と一人娘(仲村綾乃)に恵まれ、最近念願の庭付き一戸建てをローンで購入した杉山正平(役所広司)は、日々の生活にどこか満ち足りなさを感じていた。彼は会社の帰り、電車から見えるダンス教室の窓を開けて物憂げにたたずんでいる女性=岸川舞(草刈民代)に目を奪われ、帰る度に彼女の姿を探すようになる。とうとうダンス教室の扉を叩き、社交ダンスを習い始める杉山であったが、目当ての舞からではなく、ベテランのたま子先生(草村礼子)から、初心者三人組として指導を受けることになる。当ては外れたものの、同じ初心者仲間や、プライドが高く恰幅のよい高橋豊子(渡辺えり子)、会社の同僚で五年前から社交ダンスを始めた青木富夫(竹中直人)といった個性的な人びとに交じってダンスを続けるうちに、ダンスの楽しさに眼ざめた杉山。しかし、それを知らない妻は、急に生活が変わった夫を心配して、浮気調査の探偵(柄本明)を雇うのだった。――

 観ていて自然と笑みがこぼれるというか、やさしい気持ちになるというか、そんな映画です。社交ダンス仲間や杉山のことばかりにフォーカスするのじゃなく、妻や娘のこともしっかりとストーリーに織り込んでいるのがすごいです。要素はいっぱいですが、あくまでミニマムに、しかししっかりと描写しています。映画を通してみなが少しだけ成長し、男として、女として、人として素敵になっていく、それを見届けた時、静かな感動に満たされます。
 主役は役所広司と草刈民代なのですが、二人が男と女の関係になるわけでなく、あくまでダンスを通じて友情を培っていくのがとてもいいですね。さて、役所広司は控えめな役どころで、草刈民代も出ずっぱりというわけではありません(演技もそんなに上手くないです)。地味な主役二人を支えるのが個性的な脇役たち。竹中直人や渡辺えり子はさすがの演技。ほかにも柄本明だったり、ダンサーたちだったりがよい演技ですが、特に印象深かったのは杉山の妻を演じた原日出子とたま子先生を演じた草村礼子でした。この二人の役は本作における癒し。夫を愛しているからこそ、ダンスを始めたことにどこか嫉妬する妻。ステップだけでなくダンスそのものに大切なことを教えてくれる先生。この二人が出てくるとついほほ笑んでしまいました。二人ともおばさんなんですが、どこか可愛らしい感じです。ダンスホールでたま子先生と踊る役所広司の楽しそうな顔がよかったなあ。「杉山さん、ダンスはステップじゃないわ。音楽を身体で感じて、楽しく踊ればそれでいいの」、「ダンスはまず、お互いの気持ちなんだから」。
2018
0817
Fri
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『ハクソー・リッジ』レビュー

 第三十一回目のレビューは『ハクソー・リッジ』(メル・ギブソン、2016年、139分)についてです。メル・ギブソンは前に活動で上映した『パッション』の監督でもありますね。10年ぶりの監督作です。
 さて、本作は「良心的兵役拒否者(Conscientious objector)」でありながら、アメリカ軍で最高位の勲章である名誉勲章を授与されたデズモンド・ドスの半生を映画化したものになります。兵役拒否しているのに何で戦争行ってるの? と疑問に思いましたが、信条によって命令を拒否するのも「良心的兵役拒否」になるらしいです。ドスは「銃を持て(そして人を殺せ)」という命令を宗教的理由から拒否しているので、「良心的兵役拒否者」というわけですね。

 ストーリーは以下。
 デズモンド・ドス(アンドリュー・ガーフィールド)はヴァージニアの自然の中で育った素朴な青年。彼は幼い頃、兄との喧嘩の際にふとしたことで大怪我を負わせてしまい、それから「汝、殺すなかれ」の戒律を強く心に刻むようになった。
 ある日、怪我をした少年を救助し搬送した先の病院で看護師のドロシー(テリーサ・パーマー)に一目ぼれをする。以来、二人は交際を愉しんでいた。一方、太平洋戦争は日に日に激化し、兄や周囲の友人たちは次々と志願し、出征していく。デズモンドは、人は殺せないが衛生兵でなら自分でも国の役に立てると考え、入隊を決める。彼はグローヴァ―大尉(サム・ワーシントン)の隊に配属され、上官のハウエル軍曹(ヴィンス・ヴォーン)の下で軍事訓練を受ける。体力的には非常にすぐれていたデズモンドだったが、「汝、殺すなかれ」の戒律や個人的な事情から、銃に触れることを断固拒否すると、周囲に動揺が広がる。除隊をすすめられたが断固はねのけ、上官や同僚からのイジメにも毅然と耐える姿を見た周囲は次第に彼の信条を尊重していくようになる。しかし、デズモンドの初の休暇――ドロシーとの結婚式を挙げる――を前に、軍は彼を軍法会議にかける。窮地に陥りかかる彼だったが、第一次世界大戦に従軍した過去をもつ父(ヒューゴ・ウィーヴィング)の機転によって、なんとかそれを乗り越え、無事従軍することになる。そして彼は、1945年5月、激戦地沖縄の地を立つのだった。――

 タイトルにある「ハクソーhacksaw」とは「弓のこ」のことで、浦添城址の周辺にある「前田高地」のこと。北側が急な崖になっていることから「ハクソー」と呼ばれたようです。日本軍はここを重要な拠点とみなし死守にこだわったため、3週間のうちに両軍の間で11回の激しい戦闘が行なわれ、ようやく連合国軍が奪取したそうです。デズモンドたちがこの地に来たのはたぶん最後の一週間辺りでしょう。この激戦の中で彼は銃を持たずに73人を救ったというのですから、とんでもないことです。
 なんといっても戦闘シーンの迫力が印象的でした。『プライベート・ライアン』のノルマンディー上陸作戦シーン並みの迫力があります。とんでもない数の人が死にます。銃や手りゅう弾で顔や手足が吹っ飛んだり、火炎放射器で丸焼きにされたり、銃剣で斬られたり刺されたり、というのがひっきりなしです。沖縄戦ではアメリカ軍の「戦闘神経症」患者が他の戦場と比べて多かったのもうなずけるひどさでした。
 ともかく、デズモンドの信条の強さに心打たれます。自らの信条を曲げることは絶対にできない、信条を曲げては生きてゆくことができない。見習いたいものです。
2018
0816
Thu
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『日本のいちばん長い日』レビュー

 第三十回目のレビューは『日本のいちばん長い日』(岡本喜八、1967年、157分)についてです。昨日の8月15日は終戦記念日、それにちなんで観てみました。終戦から73年、映画公開から51年、30年続いた平成も終わります。平和への想いを新たにして、次の時代に臨みたいものです。

 ストーリーは以下。
 1945年7月26日、米・英・中の三ヵ国首脳によって「ポツダム宣言」が発表された。鈴木貫太郎(笠智衆)内閣は当初、宣言を黙殺し、戦争継続する構えであったが、8月6日の広島への原爆投下、9日の長崎への原爆投下とソ連の参戦によって戦争継続は不可能になり、宣言を受諾するか否かで閣議は紛糾する。幾度かの閣議や御前会議を経て、8月14日に再度御前会議が開かれ、正午、昭和天皇(八代目松本幸四郎)は宣言を無留保受諾を決める。そして、「日本のいちばん長い」24時間が幕を開ける。
 決定に最も反発したのは陸軍省であった。決定を不服とした一部の青年将校たちは、終戦へ向けて着々と準備が進められる裏で、各地をとびまわり、東部軍や第一・第二総軍、近衛師団などの要職につく将校を説き伏せ、協力を仰ごうとしていた。陸軍が立ちあがり、皇居を占拠して、天皇にもう一度考え直してもらうためである。
 畑中少佐(黒沢年男)の説得によってクーデタ協力を決心した井田中佐(高橋悦史)は、天皇ならびに皇居を防衛する近衛師団の第一師団長森中将(島田正吾)の説得に向かう。森さえ説得したならば、クーデタに協力する将校は各段に増えると踏んだからだ。一度は説得されかかるも、井田と入れ替わりで森と対面した畑中と航空士官学校の黒田大尉(中谷一郎)の発言によって森は断固拒否の姿勢を固める。クーデタを起せないと焦った二人は、森とその場にいた将校を殺害し、師団長命令を偽造して近衛歩兵連隊を指揮し、皇居を占拠するのだった。――

 ポツダム宣言の無保留受諾を昭和天皇が決めた14日の正午から、玉音放送が流された15日の正午までの24時間、これが『日本のいちばん長い日』というタイトルの由来です。終戦にあたって内閣でいろいろ会議をしたり、昭和天皇が玉音放送を録音したり、陸軍の青年将校たちがクーデタを計画し、それを実施したり(宮城事件)、「国民神風隊」が首相官邸や鈴木邸などを襲撃したり、出来事盛りだくさんの24時間。それをテンポよく描き切っています。日本史に疎いので「宮城事件」のことは初めて知りました。そういう意味で勉強になるのですが、別にこれが日本じゃなくて別の国の話でも見入ってしまうだろうほどには面白いストーリーになっています。イデオロギーが頭にとりつくと、一つのことしか見えなくなってしまうのだなというのが恐かったです。
 それにしても、なんとも豪華すぎるキャストです。監督は岡本喜八、脚本は橋本忍、笠智衆、三船敏郎、志村喬、加藤武、土屋義男、佐藤允、小林桂樹、加山雄三、ナレーターに仲代達也、などなど、本当に枚挙に暇がないほどの人びと。映画の一大プロジェクトですね。女性や子供はほとんどでてきません。男臭く、非常に骨太な映画になっています。一番印象深かったのは、クーデタの首謀者である畑中役の黒沢年男ですかね。懇願するのも、脅すのも、普通の会話も、セリフがほぼ叫ぶようで、終始眼をひんむいたりしていたからでしょうか。
 ともかく、素晴らしい映画でした。
2018
0808
Wed
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『みかんの丘』レビュー

 第二十九回目のレビューは『みかんの丘』(ザザ・ウルシャゼ、2013年、87分)についてです。夏なので戦争映画でも。南コーカサス地方が舞台なのですが、このあたりは旧ソ連・ロシアの影響などもあってか、人種やら民族やら言語やら国家やらが複雑で、映画中「ん?」となるところが多々ありました。とはいえ、大筋はシンプルなのでほとんど問題はありませんでした。国際学類の人とかならより興味深く観ることができるんでしょうかね。

 ストーリーは以下。
 南コーカサスのジョージア[グルジア]から独立を宣言したアブハジア、そしてそれは「アブハジア紛争」に発展する。
 ジョージアのある集落、そこにはみかん農場の農場主マルゴス(エルモ・ニュガネン)とみかん箱を作る職人イヴォ(レムビット・ウルフサク)の二人しかいない。そこはエストニア人が多く住む集落で、紛争が始まるとみなエストニアに逃れてしまったからだ。二人の家族もエストニアに逃れたが、二人はみかん収穫のためになお留まっていた。
 ある日、集落で、アブハジアを支援するチェチェン軍とジョージア軍の兵士たちの間で戦闘が起こり、大半の者が命を落とすが、チェチェン兵のアフメド(ギオルギ・ナカシゼ)とジョージア兵のニカ(ミヘイル・メスヒ)は負傷していたところをイヴォとマルゴスに助けられ、イヴォの自宅で療養することになる。敵と一つ屋根の下で過ごすことに反発し、互いに殺意を抱きあう二人だったが、イヴォとマルゴスの誠実な態度によって、次第に相手を敵ではなく人間とみなしていく。――

 短くて静かで渋い、大変すばらしい映画でした。なんか「ブラック・ジャック」にあってもおかしくないような話だなあと思いました。人間の尊厳を説き、戦争の不条理さを鋭く告発していますが、しかし説教じみておらず、あくまで自然です。アフメドはイスラーム教を信仰しており、ニカはキリスト教(正教?)を信仰しています。民族が違う、宗教が違う、属する軍が違う、しかし同じ人間である、だから理解し合える、とこういうふうになればいいのですが。
 イヴォとマルゴスの二人の老人がとてもよいです。四人で夕飯の席についているとき、例によって兵士たちが喧嘩するのにうんざりしたイヴォは、ウォッカをかかげて「死に乾杯。死はお前たちの母だ、お前たちは死の子どもたちだ」と言うのですが、そのあとマルゴスが、「ぼくは死に乾杯したくない。命に乾杯しよう」と言うのが好きなシーンです。二人とも筋のしっかり通った人間で、映画に厚みを与えています。
2018
0729
Sun
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『隠し砦の三悪人』レビュー

 第二十八回目のレビューは、春学期(おそらく)最後の上映会で流した『隠し砦の三悪人』(黒澤明、1958年、139分)についてです。普段は上映会で流した映画のレビューは書かないのですが、黒澤明なので。


 ストーリーは以下。
 いつも口喧嘩ばかりの太平(千秋実)と又七(藤原釜足)は、百姓ながら褒賞を期待して秋月家と山名家の戦に参加するが、何もできないまま秋月の城は落ち、勘違いから山名の捕虜にされてしまう。夜、捕虜たちの反乱に乗じて二人は逃亡し、自分たちの村へ向かう途中のある谷でひょんなことから秋月の紋章が入った金の延べ棒を見つける。そこに、謎の屈強な男(三船敏郎)が現われ、二人の帰郷のための賢い計画を聞き、二人を隠し砦に連れて行く。男は秋月方の名うての侍大将、真壁六郎太であり、隠し砦には城から落ち延びた秋月の後継者雪姫(上原美佐)や重臣たちが潜んでいた。しかし、太平と又七はそれを知らぬまま、六郎太のことを金目当ての男としか思っていない。紆余曲折あり、六郎太は雪姫とともに、太平と又七を金で釣りながら、秋月再興のための軍資金を同盟している早川の領地へ運び出す旅に出るが、道中はさまざまな困難が待ち受けるとともに、百姓二人も一筋縄ではいかない。はたして、一行は無事に早川領へ逃げ延びることができるのか。――


 娯楽色が強い作品ですが、しかし黒澤明のヒューマニズムもところどころで見ることができます。戦国の世に、家を継ぐため男のように育てられた雪姫。わがままで男勝りにふるまいますが、道中、さまざまな人の世を見ることによって次第に成長していきます。彼女の純粋なふるまいには時々ホロリとさせられてしまいました。さて、演ずるのは上原美佐。ヒロイン役を決めるオーディションに4000人集まったにもかかわらず、そこでは決まらず、結局東宝の社員がスカウトしたのが彼女。短大の女学生で演技経験はゼロ。雪姫は正体がバレないように、道中は唖としてふるまうことになっていますが、これは演技の下手さをカバーするためというのを聞いたことがある気がしますが、どうなのでしょうか?
 さてさて、黒澤作品は『荒野の七人』(ジョン・スタージェス、1960年、128分)や『荒野の用心棒』(セルジオ・レオーネ、1964年、100分)、『ゴッドファーザー』(フランシス・フォード・コッポラ、1972年、178分)などさまざまな映画に影響を与えていますが、本作はあの『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』(ジョージ・ルーカス、1977年、125分)に影響を与えているそうです。レイア姫は雪姫の影響を、C‐3POとR2‐D2は太平と又七から影響を受けているといいます。ルーカス自身、黒澤映画が大好きらしく、ライトセーバーのシーンも黒澤映画のチャンバラのオマージュがところどころあるそうです。また、オビ=ワンと「エピソード6」でのアナキン・スカイウォーカーを三船敏郎にオファーしたそうですが、三船敏郎は断ったそうです。まあ、「スター・ウォーズ」は7と8しか観たことがないので、よくわかりませんが……
2018
0724
Tue
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『グランド・ブタペスト・ホテル』レビュー

 もう少しで夏休みです。
 第二十七回目のレビューは『グランド・ブタペスト・ホテル』(ウェス・アンダーソン、2014年、100分)についてです。最近『犬ヶ島』(2018年、105分)という日本を舞台にしたストップ・モーション・アニメーション映画を製作したことでも話題のウェス・アンダーソン。それで名前を知ったので彼の代表作とされている本作を観たのですが、とってもよい映画でした。

 ストーリーは以下。
 ヨーロッパの左端にある(架空の)ズブロフスカ共和国が舞台。一人の女性が旧ルッツ墓地にある偉大な作家の銅像の前で『グランド・ブタペスト・ホテル』という本を開く。時は遡り、1985年、作家(トム・ウィルキンソン、〔若い時〕 ジュード・ロウ)は1968年に、ズブロフカ・アルプス麓の町ネベルスバートにある「グランド・ブダペスト・ホテル」でゼロ・ムスタファ( F・マーリー・エイブラハム、〔若い時〕トニー・レヴォロリ)という移民でありながら国一番の富豪になり、ホテルのオーナーでもある男から聞いた話を思い出す。ゼロの話は1932年に遡る。この年は、素晴らしいホテルとして名をはせる「グランド・ブタペスト・ホテル」に彼がロビー・ボーイとして勤務した年であった。そこには卓越したサービスを行なうとともに、裕福だが孤独な老女を性的に満足させることにも長けたグスタフ・H(レイフ・ファインズ)というコンシェルジュがいて、多くの富豪たちが彼のもとに集い、ホテルは栄華を極めていた。そんな中、グスタフに慰められていた老女の一人であるマダムD(ティルダ・スウィントン)の死亡記事が新聞に載り、グスタフはゼロをお供に、マダムDの邸宅であるルッツ城へ向かう。そこには、マダムDの莫大な遺産を目当てに、多くの親戚たちが集っていた。遺言書が開示されると、グスタフは「少年と林檎」という非常に価値のある絵画を相続することになるが、マダムDの長男であるドミトリ(エイドリアン・ブロディ)はそれを不服とし、グスタフを城から追い出そうとする。グスタフは城の執事であるセルジュ(マチュー・アマルリック)の協力を得て絵を盗み出し、ホテルに隠すが、すぐにマダム殺害容疑で逮捕され、犯罪者拘留所に収容されてしまう。明らかな冤罪であった。グスタフは拘留所内でも巧みに立ち振る舞い、脱獄をもくろむ。はたして、グスタフとゼロは疑惑を晴らし、マダムD殺害の犯人を捕まえることができるのか――

 まず特徴的なのが美術。建物から小道具から内装から衣装から映画に出てくるなにからなにまで可愛らしく、ポップかつシックにデザインされていて、映画の世界に難なく入り込むことができます。アカデミー賞の美術賞・衣装デザイン賞・メイキャップ&ヘアスタイリング賞などを受賞しているのですが、納得です。これを観るだけでも価値があります。しかもそうした美術世界の中でなかなか残酷な・ブラックなことがしばしば起こるのも面白いです。一方で、上記の美術とは裏腹のテンポの良い、王道のストーリー。これでもう画面にくぎ付けになること間違いなしです。
 さて、俳優陣を見てみますと、なんとも豪華。グスタフを演ずるのは、結構前に『シンドラーのリスト』でも紹介したレイフ・ファインズ。「ハリー・ポッター」シリーズの「ヴォルデモート」でおなじみです。老年期のゼロ・ムスタファを演ずるのは『アマデウス』(ミロス・フォアマン、1984年、180分)でサリエリを演じ、アカデミー賞主演男優賞を受賞した F・マーリー・エイブラハム。マダムDの長男ドミトリーを演じたのは『戦場のピアニスト』(ロマン・ポランスキー、2002年、150分)でアカデミー賞主演男優賞を受賞した(最年少受賞)エイドリアン・ブロディ。他にもジュード・ロウとかエドワード・ノートンとか、『レディ・バード』(グレタ・ガーウィグ、2017年、93分)の主演のシアーシャ・ローナンなども出演しています。
2018
0714
Sat
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『赤ひげ』レビュー

 第二十六回目のレビューは『赤ひげ』(黒澤明、1965年、185分)についてです。黒澤明の白黒映画は本作で最後になります。これ以後、黒澤明は非常に寡作になると同時に、海外へ進出していきます。また、黒澤映画に欠かせない存在だった三船敏郎も、本作を最後に黒澤映画には出演していません。そういう意味で、本作は転換点でもあります。だいぶ前に紹介した『椿三十郎』の三船敏郎と加山雄三のタッグが再び! という意味でも面白いです。
 さて、本作の舞台である小石川養生所は、八代将軍徳川吉宗による享保の改革で建てられた貧民救済施設。そして「赤ひげ」先生のモデルは小川笙船という漢方医。あの有名な目安箱に、貧民に薬を与える公的な施設の構想書を投書し、それが将軍の眼にとまって話が進んだそうです。あと百年くらいすると、『JIN-仁-』で描かれた時代になります。

 ストーリーは以下。
 長崎で蘭学を修め、幕府の御番医になる希望に燃えて江戸に帰ってきた青年医師の保本登(加山雄三)は、自分の知らないうちに進んでいた話によって、小石川養生所で働くことになる。そこでは「赤ひげ」と呼ばれる新出去定(にいできょじょう 三船敏郎)ら少数の医師が日夜貧民たちの治療にあたっていた。不本意な事態にすねた保本は、好き勝手に過ごして放逐されるのを待つが、新出は何も言わない。ある日、狂気から三人もの男を殺した美しい狂女(香川京子)が、養生所内の隔離施設から脱け出し、保本の部屋へやってくる。保本が女の美しさと彼女の子どもの頃のおぞましい思い出に隙を見せると、女は保本を殺そうとするが、間一髪のとこで新出がそれを止め、事無きをえる。この一件で少し心を入れ替えた保本は、さまざまな人びとの死や恢復の現場に立ち会い、また、医師として人としても偉大な新出の背中を見ながら、少しずつ一人前の医師に成長していく。――

 描かれている時代は、江戸時代の中でも比較的平穏な時代ですが、そこでももちろん人の生き死には壮絶なもの。まして貧しい人びとならばなおさらのこと。そうした普通の人びとをきちんと描き切っていまして、チャンバラのような派手さはないですが、とってもいい、心にしみる、素晴らしい映画になっています。ほんとにいい映画です。こういう映画があるというのは一つの喜びです。『生きる』(1952年、143分)が好きな人は絶対に好きになると思います。あとは『ブラックジャック』とか『JIN-仁-』とか好きな人も絶対に好きになると思います。まあ医療系の物語って結構ワンパターンではあるんですけど、ワンパターンだからこそ余計に医者と患者にまつわる物語が生きるというかなんというかで、いいんですよね。
 男も女も子役も老人も、みんな骨太の素晴らしい演技なのも見どころです。

 最後にセリフを引用。
新出「この病気に限らず、あらゆる病気に対して治療法などない。医術などと言っても情けないものだ。医者にはその症状と経過はわかるし、生命力の強い個体には多少の助力をすることができる。だが、それだけのことだ。現在われわれにできることは、貧困と無知に対する戦いだ。それによって、医術の不足を補うほかはない。……それは政治の問題だというのだろう。誰でもそう言って済ましている。だがこれまで政治が、貧困と無知に対して何かしたことがあるか。人間を貧困と無知のままにしておいてはならんという法令が、一度でも出たことがあるか」
保本「しかし、この養生所という設備はそのために幕府の費用で――」
新出「ないよりはあったほうがいい。しかし、問題はもっと前にある。貧困と無知さえなんとかできれば、病気の大半は起こらずに済むんだ。いや、病気の陰には、いつも人間の恐ろしい不幸が隠れている。」
2018
0705
Thu
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『セルピコ』レビュー

 すでに夏。
 第二十五回目のレビューは『セルピコ』(シドニー・ルメット、1973年、124分)についてです。主演は「ゴッドファーザー」シリーズで有名なアル・パチーノ。この前の年に『ゴッドファーザー』(フランシス・フォード・コッポラ、177分)、次の年に『ゴッドファーザー PARTⅡ』(200分)、1975年には『狼たちの午後』(シドニー・ルメット、125分)と、この辺りのアル・パチーノの活躍っぷりはすごいです。ちなみに、アル・パチーノの身長はウィキペディアによると166cm。これでマフィアのボスとかを演じて様になっているのはすごいです。

 ストーリーは以下。
 麻薬取引の現場でフランク・セルピコ(アル・パチーノ)という警官が撃たれ、病院に運び込まれる。物語はセルピコの過去にさかのぼる。
 子どもの頃からの夢であった警察官になったセルピコは、使命感に燃えるが、ニューヨーク市警は彼の理想とは程遠いもので、同僚たちは日常的に収賄を行なっていた。それでもめげずに制服警官として功績をあげ、刑事になるためのキャリアを積むなかで、正義感が強く、のちにニューヨーク市長の調査部に配属されるブレア(トニー・ロバーツ)と知り合い、友人となる。私服刑事となり、とある分署の麻薬課に配属されたセルピコは、勤務早々何者かに賄賂を渡される。ブレアに相談し、その上で調査部長に報告するが、部長からはただ忘れろと言われるだけであった。そこでは、刑事たちが組織的に売人たちから賄賂を徴収し、私服を肥やしていたのだった。どうしても金を受け取ろうとしないセルピコは署内で孤立する。セルピコは署内の汚職を警察上層部に相談するが、彼の予想以上に警察組織の腐敗は進んでいた。はたして、彼は正義を貫くことができるのか。――

 実話を基にしていると聞いて、驚きました。警察組織がものすごい腐敗しています。「賄賂を受け取らない奴は仲間として信用できない」と、同僚刑事が言うほどです。映画公開から45年経っていますが、現在のアメリカ警察はどうなのでしょうか? 日本の警察はここまで腐敗していないといいのですがね。
 警察を舞台にした物語にあるような、カッコいいアクション、明晰な推理、悪を成敗する爽快感といったものはありません。淡々と、セルピコという男の生き様を追っていきます。つまり、映画の出来はセルピコを演ずるアル・パチーノにかかっているのですが、さすがの演技。潜入捜査のためヒッピーのような恰好をしているのですが、だらしない風貌なのにとてもカッコいいんですね。その他、確かな実力をもった脇役たちが映画を支えます。決して派手ではないのですが、じっくりと見入ってしまう、そんな映画です。
2018
0628
Thu
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『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』レビュー

 二十四回目のレビューは『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(押井守、1995年、83分)についてです。押井版「攻殻機動隊」の一作目にあたります。「攻殻機動隊」は何度もTVアニメ化やアニメ映画化しているのですが、本作が一番有名なのではないでしょうか。押井守の代表作であり、日本SFアニメの最高峰でもあります。

 ストーリーは以下。
 「企業のネットが星を被い電子や光が駆け巡っても国家や民族が消えてなくなるほど情報化されていない近未来」。
 超法規特殊部隊である内務省公安9課に所属する草薙素子(声、田中敦子)は、認定プログラマーを強引に国外亡命させようとする外交官の暗殺任務を遂行する。一年後、外務大臣の通訳の電脳がハッキングされる事件が起こる。他人の電脳をゴーストハックし、人形のように操るハッカー、通称「人形使い」の犯行の可能性が浮上し、9課の荒巻大輔(声、大木民夫)、草薙素子、バトー(声、大塚明夫)、トグサ(声、山寺宏一)、イシカワ(声、仲野裕)らは捜査を行なうが、容疑者として逮捕する人々はいずれもゴーストハックされたことによって操られていただけであった。はたして、「人形使い」の正体を掴むことができるのか――

 「ゴースト」って何?と初見では思いますが、いわゆる「霊魂」のようなものでしょう(作品内でもフワッとした感じで使われています)。生きた身体と死体をわかつもの、人形と人間をわかつもの。「ゴーストハック」とは、そうした人間の魂のようなものをハッキングによって支配し、偽の記憶を植え付けたり、行動を操ったりすることをいいます。
 さて草薙素子は脳を残してほぼ全身を義体化していまして、そんな彼女は本当に「人間」なのか、ゴーストは本当に機械と人間をわかつのかという問題をはじめ、記憶と自己の問題など、哲学的に興味深い問題を多く含んだ作品になっています。AIや医療技術が進歩しつづければしつづけるほど、この映画は現代性をもったものとして迫ってくるのです。素子のセリフ、「人間が人間である為の部品はけっして少なくない様に、自分が自分である為には、驚くほど多くのものが必要なのよ。他人を隔てる為の顔、それと意識しない声、目覚めの時に見つめる手、幼かった時の記憶、未来の予感、それだけじゃないわ。あたしの電脳がアクセス出来る膨大な情報やネットの広がり、それら全てがあたしの一部であり、あたしという意識そのものを生み出し、そして同時にあたしをある限界に制約し続ける」。
 82分という短い時間なのですが、セリフは少なめで、ストーリーには直接かかわってこないシーンを割と多く挿入したり、戦闘シーンを派手にしないなどの演出によって、独特の空気感をもった映画になっています。なかなかアニメではできない芸当ですね。引き算の美学的な。
 続編は『イノセンス』(2004年、100分)です。「攻殻機動隊」がタイトルに入っていないので注意です。